繁岡ケンイチ 川奈ホテルの春 繁岡ケンイチ(繁岡鑒一)
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 ホテルレビュー1953年4月号より
川奈の春
 正月に桜が咲く、温室の中ではない。ここでは1月の末になるときっとホテル玄関前の二三樹が花を開く、土地の人はこれを大島桜と呼んでいる、暦の大寒という最寒期にこの花が咲くのだから、都会育ちの私にとってはまさに奇跡を見るに均しい。「鬼は外〜」の豆撒きには付き物の梅ならよろしい。所によってはその梅ですら咲かない時期だ。

 沈丁花の強い香りが香ってくるのが、いつも2月半ば、これも都会から見るとひと月以上も早い、この頃になると、ホテル直下の富士コースゴルフ場が陽炎の中にゆらぐのが見えてくるし、小室山の三角形の右裾にある雑木林もほんのりと、紅色さして来て、春萌えを感じさせる。

 この小室山を西の背に暖流の相模湾に囲まれたこの地形は自然と南国的な情趣を育んでゆく。
陽永を日一日と感じる今日この頃の陽光は夏みかんの黄色を一段と輝かせ、段々畑の向こうに見える大島が眠ったように霞に包まれ相模湾には波も立たない。

 映画のロケ隊も冬眠から醒めた様にやって来る。 土地の人は大喜びだ、眼の保養を兼ねてスターからサイン頂戴の機をつかむ。

 温泉客がタクシーから現れて写真を写しあう姿、近代色豊かなゴルファーが三々五々コースに行く、遠足や修学旅行の団体がやって来る、こうしてここの春はひと月も早く都会人の神経を引っ張り出してしまうのだ。
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